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2009/03/14

『真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝』

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昨年12月に書いたように「トラ・トラ・トラ」を打電した淵田総隊長は晩年、我が家から数百メートルの所に住んでいた。この自叙伝もそこで書かれたものだが、米国在住の息子さん宅にその遺稿が眠っていたことがごく最近になって判明。奇襲攻撃から66年目の2007年12月8日に講談社から出版された。版元紹介文。

真珠湾、ミッドウェー、広島・長崎を目撃し、ミズーリ号の降伏調印式に立ち会った男は、戦後なぜ、キリスト教に回心したのか?
「真珠湾攻撃の総指揮官として太平洋戦争の期間、武勲を誇った海軍軍人。その心中では日本海軍の欠陥に早くから気づいていた。戦後はクリスチャンに回心、伝道者としてアメリカを回る。歴史の真実と個人の煩悶とを正直に明かした異色の回想記。史実の書き換えを迫る貴重な書である。」――保阪正康 (引用終わり)

3月13日 休養
3月14日 ジョグ10キロ

Ts2c0046_2 太平洋戦争の研究を趣味とされているラン友もいるが、私自身は時代小説も含め戦記ものはほとんど読んだことがない。この本も、「近所のご縁」ということがなければ、まず読まなかっただろう。真珠湾攻撃総隊長の自伝というからには、全篇これ自慢話のオンパレードに違いないという先入観である。

しかし、それは見事に裏切られた。確かに真珠湾攻撃がなぜ成功したかについて克明に書かれているが、それは隊長の手柄というよりは、米海軍が予想どおり真珠湾に主力艦隊を集結させていたこと、事前に米側に一切察知されなかったこと、そして天候に恵まれたことなど、数々の幸運に恵まれたことが大きかったとしている。

それ以外にも、淵田氏の冷静な状況判断は随所に見られる。山本五十六すら凡将なりと断じた彼は、早くから日本の敗北を予見していた。「撃ちてし止まん」とは対極にあるリアリズムの精神に貫かれた本書は、太平洋戦争に関する一級の資料としての価値があるものと思う。

その彼が戦後キリスト教に回心し、全米を伝道して回ることになった。そのきっかけとなったのは、戦争中に両親がスパイ容疑で日本軍に惨殺されたアメリカ人の娘さんが、日本人捕虜への奉仕活動を行っていたのを知ったことである。その理由が理解できずにいた彼は、聖書の「父よ、彼らを赦(ゆる)し給へ、その為す処を知らざればなり」(ルカ伝)という文章に触れて、突然開眼したそうである。

写真は「渕田邸跡」の石碑(右下に小さく写っている)の背後にある畝傍南小学校の体育館。米国在住の建築家である息子さんの設計によるものであると、この本で知った。

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コメント

宗教は軽々しくもまた押しつけがましく論じる話題ではないと常々思っておりますが、金賢姫さんも同じ境遇で回心したことを最近知りました。
つくづく戦争や人と人の争いは悲しく、人の心に深い傷をつけることを思い知らされました。
スポーツも人と人の順位のつく戦いですが、でも根底には自分との戦いなので美しいのでしょうね。

投稿: mitsuya | 2009/03/14 22:52

mitsuyaさん
お久しぶりです。
確かに宗教と政治の話はデリケートで
多民族国家アメリカでは公の場では
ほとんどタブーみたいになってます。

金賢姫さんもそうだったとは知りませんでした。
淵田さん以上に余人には想像しがたい心境でしょう。
「元死刑囚」という肩書き、やはりヘンですよね。

投稿: まこてぃん | 2009/03/15 18:38

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