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2009/02/05

『意味がなければスイングはない』

51vxkjr684l__sl500_aa240_村上春樹の本格的な音楽エッセイは意外にもこれが初めてだそうだ。版元紹介文。

常に音楽とともに生きてきた村上春樹さんの、初めての本格的音楽エッセイです。クラシック、ジャズ、ロックの名曲、愛してやまないアーティスト、その魅力のすべてが語り尽くされます。シューベルトのピアノソナタからブルース・スプリングスティーン「ボーン・イン・ザ・USA」、ジャズの巨星スタン・ゲッツの〈闇の2年間〉、Jポップの旗手スガシカオまで、しなやかなメロディーラインとファンキーなリズムが冴えるハルキ・エッセイの粋をお楽しみください。(OM)(引用終わり)

2月4、5日 休養

「ずいぶん手間暇をかけて書いた」と著者自身「あとがき」で述べているとおり、かなりの労作であると思う。村上氏と同列に論じるのは気が引けるが、このブログでも時折音楽ネタを取り上げることがあって、その度に他のネタ以上に「手間暇」がかかることを実感している。

音楽というすぐれて感性的な題材を、言葉という論理的な媒体で表現することの難しさと言えばいいのだろうか。その辺り、さすがは世界的な作家である村上氏の表現力には舌をまく。たとえば、シューベルトのピアノソナタについて書かれた以下のような箇所である。

このニ長調のソナタはたしかに、一般的な意味合いでの名曲ではない。構築は甘いし、全体の意味が見えにくいし、とりとめなく長すぎる。しかしそこには、そのような瑕疵を補ってあまりある、奥深い精神の率直なほとばしりがある。そのほとばしりが、作者にもうまく統御できないまま、パイプの漏水のようにあちこちで勝手に噴出し、ソナタというシステムの統合性を崩してしまっているわけだ。しかし逆説的に言えば、ニ長調のソナタはまさにそのような身も世もない崩れ方によって、世界の「裏を叩きまくる」ような、独自の普遍性を獲得しているような気がする。(63-64頁)

シューベルトの音楽の本質をこれほど見事に表現した文章は、並みの音楽評論家には到底書けるシロモノではないと思う。

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