『町長選挙』
前作『イン・ザ・プール』『空中ブランコ』同様、トンデモ精神科医のドクター伊良部の一見お遊びのようなハチャメチャな治療によって、最後には悩める患者が不思議に治ってしまうという、肩の凝らない短篇集である。
今回登場する患者は、某全国紙のワンマン経営者(「オーナー」)、プロ野球球団やラジオ局の買収を企てるIT長者(「アンポンマン」)、いつまでも若さを保つ某歌劇団出身女優(「カリスマ稼業」)と、モデルとなった人物の名が直ちに浮かんでくる有名人たちだ。ちょっとキワモノぽいけれども、さすがにそこは奥田英朗のうまさで、彼らの精神の内奥に鋭く迫りつつ、最後はニンマリとさせられる結末が用意されているのである。
表題作「町長選挙」はこれら3篇とは趣が異なる。伊良部自身はどちらかというと脇役に回り、都庁から派遣された若手職員の宮崎良平が、離島の町長選挙の驚くべき腐敗ぶりに否応なく巻き込まれながら、その背景にあるものを発見していくというストーリーだ。
後援会の土建屋社長のセリフである。
この千寿は過疎の島じゃ。資源もなく、財源も乏しく、普通なら全員が貧乏じゃ。でもな、曲がりなりにもインフラが整備された文化生活が送れるのは選挙があるからなんじゃ。無風選挙なら町長は何もせん。役場もらくをする。数票差でひっくり返る宿敵がおるから、死に物狂いで公共事業を引っ張ってくるんじゃ。(中略)わしらは全員、島を愛してとる。そのうえで戦うんじゃ。
都市と地方の格差が云々される昨今だが、綺麗ごとではない地方の現実をしっかりと見据えた上で、伊良部をある種の道化者に仕立てた一級のエンターテインメントに纏め上げた作者の力量には感嘆させられた。
ところで、映画化された『イン・ザ・プール』をビデオで観たことがある。伊良部役は松尾スズキという人が演じていたが、原作のイメージとはかなりかけ離れているなと思っていたら、ある人がこの本の書評で「私の心の中の伊良部一郎は永遠に田中康夫」と書いてあり、思い切り膝を打ったものだ。(笑)
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