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2006/11/28

『ウランバーナの森』

奥田英朗の8冊目はこの作家のデビュー作である。「ウランバーナ」とは、「盂蘭盆(うらぼん)」の語源と言われるサンスクリット語だそうだ。版元紹介。

その夏、世紀のポップスター・ジョンは軽井沢で過ごした。家族との素敵な避暑が、ひどい便秘でぶち壊し。あまりの苦しさに病院通いをはじめたジョンの元へ、過去からの亡霊が次々と訪れ始めた……。大ベストセラー小説『最悪』の著者が贈る、ウイットとユーモア、そして温かい思いに溢れた喪失と再生の物語。(引用終わり)

11月27日の練習内容 ジョグ10キロ
11月28日の練習内容 完全休養

著者は「あとがき」の中で、フィクションゆえのマナーとして敢えて本名を伏せたと書いているが、巻末「参考文献」からも、「ジョン」とはあのジョン・レノンのことであるのは自明である。実際、ジョン・レノンは1970年代の後半、隠遁生活を送っていて、毎年夏、軽井沢に滞在していたそうだ。直後に大きく作風が変わった割には、この空白の時代についての言及が少ないことが、著者の創作意欲を掻きたてたというわけである。

紹介文にあるように、ふとした気象条件のいたずらか、霊界との接点に足を踏み入れてしまったジョンは、ひどい便秘に襲われるとともに、靄の立ち籠める森の中で過去の亡霊と交流するようになる。昔、殺してしまったかもしれない喧嘩相手、ひどい言葉を投げつけたガールフレンドの母親、そして子育てを放棄して何度も結婚を繰り返したジョンの母親。

古今東西、死者との交流が出てくる物語は多い。源氏物語、ハムレット、ドン・ジョヴァンニ、フィールド・オブ・ドリームズ、シックス・センス・・・。本作を推奨した浅田次郎氏にしてからが、『鉄道員』で主人公乙松の幼くして死んだ娘を登場させている。

ジョンは彼ら亡霊との交流によって、過去のわだかまりが解け、素直に謝罪もできる。また、母の性格が不幸な少女時代に起因することが分かった瞬間、ジョンは大きな「愛」に包まれ、母の子宮からもう一度生まれ出るような不思議な感覚を味わう。

このデビュー作は以後の奥田作品とはかなり趣を異にしているので、読者の中には期待外れという感想を述べる人もいるが、人間に対する冷静で温かい観察眼は既に十分発揮されていると思う。家政婦タオさんの息子ケンイチを巡るエピソードも、一見さりげなく置かれていながら、物語世界に思わぬ奥行きを与えている。読後、心がとても温かくなる、いい小説だった。

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