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2006/10/05

『照柿』

久々に髙村薫の作品。既に読んだ『マークスの山』『レディ・ジョーカー』の合田刑事シリーズ第2作に当たる。版元紹介は以下のとおり。

(上巻)
ホステス殺害事件を追う合田雄一郎は、電車飛び込み事故に遭遇、轢死した女とホームで掴み合っていた男の妻・佐野美保子に一目惚れする。だが美保子は、幼なじみの野田達夫と逢引きを続ける関係だった。葡萄のような女の瞳は、合田を嫉妬に狂わせ、野田を猜疑に悩ませる。

(下巻)
難航するホステス殺害事件で、合田雄一郎は一線を越えた捜査を進める。平凡な人生を17年送ってきた野田達夫だったが、容疑者として警察に追われる美保子を匿いつつ、不眠のまま熱処理工場で働き続ける。そして殺人は起こった。暑すぎた夏に、2人の男が辿り着く場所とは――。現代の「罪と罰」を全面改稿。

以下、ネタバレ注意。

10月4日の練習内容 休養ジョグ10キロ
10月5日の練習内容 完全休養

「照柿」とは、「晩秋の西日に照らされて映える熟柿の色」のことで、「濃い臙脂色に艶と深い輝きを加えた、一種独特の色」である。ベアリング工場に勤める達夫は、熱処理炉の炎の中にその色を見て炉の変調を知るのだが、それはまた達夫の故郷・大阪の夕日の色なのである。

この色から連想されるのは当然、血であり、死である。冒頭の電車飛び込み事件に始まり、最後の達夫の画商殺しに至るまで、この小説は終始血と死によって隈取られている。そして、小説はとりわけ暑かった8月上旬の数日間の出来事を描いているが、以前に書いたように、夏は死の季節なのである。

十数年ぶりに再会した雄一郎と達夫。美保子を巡る二人の暗い情念のぶつかり合いは、悲劇的な結末に向けて、あたかも予め用意されていた奈落の底へと落ちていくようである。あるいは、冒頭に引用されたダンテ『神曲』の「正道を踏み外し」「暗い森の中」に入っていく感覚と言ってもよい。

二人を狂わせてしまったのは夏の暑さだろうか。いや、そうではなく、二人がそれぞれに抱える矛盾と葛藤が、夏の暑さで臨界点を越えたということではないか。

達夫の画商殺しは直接の動機がない「不条理殺人」であるが、不遇な家庭環境から子供時代から非行を繰り返し、幼なじみの雄一郎に「未来の人殺し」と予言された達夫が、ついにその呪縛から逃れられなかったということではないか。照柿の色、夏の暑さ、3日間の不眠不休・・・。これらが最後の引き金を引いたのだ。

一方、雄一郎が美保子に一目惚れして達夫への嫉妬に狂い、また捜査の必要上とは言え暴力団組長と賭博を行うなど異常な行動をとるのも、雄一郎の心の中に潜む虚無的な傾向が、達夫との再会や夏の暑さのせいで表面化したのだと言えないだろうか。

彼らだけの話ではない。私も、そしてあなたも、大なり小なり自分の中に矛盾と葛藤を抱えて生きているはずだ。もし、何かの弾みでそれが抑えきれないほど増大したら・・・。読後、人間の抱える業と罪、そして死について、ずっしりと重い感慨が残った。文庫解説にあるように、これは現代のドストエフスキーと言えるかもしれない。

蛇足ながら、達夫の父泰三が死ぬ直前に入っていた老人ホームは奈良県橿原市内という設定になっている。いろいろ小説を読んできたが、我が橿原が登場したのは初めてだ。

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