『ウィーン・フィル 音と響きの秘密』
中野雄著。文春新書。小澤征爾が東洋人として初めてニューイヤーコンサートを指揮し、ウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任した2002年の出版で、多少キワモノっぽい本かとも思ったが、内容は極めて真っ当だった。版元紹介は以下のとおり。
160年にわたる動乱の時代を乗り超え、さまざまな指揮者たちとの凄絶な「音をめぐる闘い」をへて、いまや世界のオーケストラの頂点に立つウィーン・フィル──黄金の響きと称されるその音はどのようにしてつくられたのでしょうか。また、この秋からは小澤征爾が音楽監督として、国立歌劇場の舞台(ステージ)に立ちます。東と西の「音」をめぐる新しいドラマが、いままさに始まろうとしています。(引用終わり)
このオケについての伝説、逸話、ジョークの類は数知れず、それらを集めただけでも1冊の本ができるだろうと思われる。本書でも、ウィーンの別のオケの指揮者だったフルトヴェングラーが、ウィーン・フィルで使われているのと同じメーカーの弦楽器を揃えて弾かせてみたが、ウィーン・フィル的な響きは全く得られなかったという有名な話も紹介されている。
しかし、本書はその手の逸話を集めただけの本ではない。プロデューサーとしてCD制作の現場に立会い、ウィーン・フィル団員と親交を深めた筆者が、彼らのホンネを訊き出してくれているのである。冒頭の「プロローグ」で紹介されている次の話からして秀逸だ。
(以下、まこてぃんが要約)
筆者がこれまでに聴いたウィーン・フィルの演奏のベストは、78年8月にザルツブルクで演奏されたモーツァルトの2つのト短調交響曲である。指揮は中堅のレオポルド・ハーガーだった。この指揮者の才能を見直した想いで楽屋に向かった筆者は、途中で旧知の第2ヴァイオリン首席ヒューブナーに出会う。ハーガーの指揮ぶりを褒める筆者に、彼は破顔一笑、次のような内幕話をする。
「褒めるなら、(コンマスの)キュッヒルとウチのオーケストラを褒めて下さいよ。ハーガーは賢い男で自分の分際を心得ているから、指揮棒は持ってはいたが、なにもしなかった。はじめから終わりまでオーケストラまかせということ。若いキュッヒルが頑張って、自分達の音楽造りをやった。それに君が感激したってわけです」
筆者はとうとう楽屋に顔を出すことができなかった。
この話もすごいが、そんな芸当ができる秘密がどこにあるかは、次の問答で明らかである。このやりとりも相当なものだ。
中野 「ウィーン・フィルにはずいぶん室内アンサンブルがありますね。
いったいいくつあるんですか」
ヒュ 「ひとつ。そもそもウィーン・フィル自体が室内アンサンブルが
大きくなったような団体なんだ」
凡庸な指揮者を無視して、自分たちの音楽を造る。こんな楽団を相手にする指揮者も堪ったものではなかろう。ウィーン・フィルと様々な指揮者たちとの確執、闘いを通して、ウィーン・フィルの音と響きの本質に迫った本書は、なかなかに読み応えがあった。
5月11日の練習内容 ジョグ10キロ
5月12日の練習内容 完全休養
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント