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2006/02/22

『幸福ということ』

副題に「エネルギー社会工学の視点から」とある。新宮秀夫著。朝日新聞ウェブサイトのコラムで紹介されていたので読んでみた。アマゾンの図書紹介は以下のとおり。

物質文明・消費文明を際限なく享受した結果、“幸福であること”が実感しにくい時代となった今日、はたして、我々にとっての幸福とは、生きるとは何か。「人間の幸福は快楽や満足感だけにあるのではなく、苦しみや悲しみのなかにもある」「エネルギー・環境問題の解決も、まず人間の幸福について考えなければ意味がない」 三十年余りにわたり、エネルギー社会工学に深くかかわってきた著者が、これまでの様々な「幸福論」を見つめ直し、人間そして我々の社会にとっての「これからの幸福の在り方」を考える。(引用おわり)

京大教授の著者の専攻分野は冶金学。幸福論とは一見何の関係もないように思え、著者自らこの本を「無免許運転」のような「とんでもない企て」と謙遜されているが、エネルギー社会工学の観点から人間と社会が目指すものとしての幸福について、科学者らしく古今東西の文献を渉猟するところから始めて、なかなか示唆に富む分析をしておられる。

なかでも、「人間の幸福は、満足、豊かさ、安心など、人の願うことそのものの中にはなく、それらを得ようとしたり、失うまいとする時の緊張感(ストレス)の中にこそある」という「新ストレス学説」に基づいて、ストレスの度合いに応じた「幸福の四階建て論」を展開されておられるのが興味深い。

これによれば、本当の幸福とは、喜びよりもむしろ(ストレスの極致である)悲しみの中にあるはずだということになる。このあたりの境地になると、もはや宗教の分野で、聖書の「山上の垂訓」の中にある「貧、飢え、悲しみ、憎まれることの中に幸せがある」という言葉はこれを表したものであるという。私のような凡人には窺い知れない世界だが、ストレスが全くなければ退屈に苛まれるだけであり、人間らしい生活には適度なストレスが欠かせないというのは何となく分かる。

またマラソンの話になってしまうが、毎年の自己ベスト更新に向けた半年以上にも亘る練習は、その時々で適度なストレスを与えてくれるからこそ、それほど苦にならずに続けられるのだろう。さらに、先日の別大の終盤に一瞬だけ感じた、「あと少しでレースが終わってしまうのが惜しい」という至福感は、まさにストレスの局限状況の下での感慨だったのだ。

しかし、こと仕事関係のストレスとなると、幸福とは全く縁がないように思うのだが・・・(苦笑)。

2月21日の練習内容 ジョグ10キロ
2月22日の練習内容 完全休養

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