2018/10/21

伊勢街道を走る その1(日永追分~白子)

2日目はまず四日市からあすなろう鉄道に乗って日永追分まで移動する。この路線はもとは近鉄の支線だったため、プラットホームには9番線10番線と、本線からの続き番号が振られている。軌間762ミリ、軽便規格の可愛い電車だ。

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追分駅で下車してすぐの日永追分。東海道のときは右へ行ったが、今回は鳥居を潜って直進、弥次さん喜多さんと同じく一路伊勢を目指す。

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県道を南下し始めて間もなく、道路左側に4基の道標が並んでいる。「子安地蔵密蔵院」などとあり、近くにある蟹築山密蔵院を案内している。

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やがて県道から旧道に分岐し、内部(うつべ)川に続いて鈴鹿川を渡ったところに、文化4年に建立された階段付の常夜燈がある。

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田畑の中の縄手道(縄を張ったようなまっすぐな道)を進んだ先に、神戸(かんべ)宿の北端にあった見附の跡が残っている。旅人を監視する番所が置かれ、夜間は木戸を閉じて通行を禁じたそうだ。木戸の柵を支えた溝が石垣に残っているという解説があったが、目を凝らして見てもよく分からなかった。

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近鉄鈴鹿線の踏切を渡った先、油伊旅館の前が札の辻で、この辺りが神戸宿の中心だろう。

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神戸宿を抜けて伊勢鉄道線の高架を潜ると、やがて国道23号に突き当たる。現在の伊勢街道は交通量の多い国道で、11月の全日本大学駅伝のコースにもなっている。この先、旧街道は国道と並行するように進んでいくが、あちこちで右左折するのが旧街道の常で、旅人が迷わないよう随所に「さんぐう道」を示す道標が置かれている。

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伊勢湾の海岸線が近くなってきて、近鉄名古屋線の踏切を渡ると、左手に大きな地蔵堂があり、道路を挟んだ南東側には役行者神変大菩薩が祀られている。小角さん、随分あちこちで手広く活躍されていたんだ。(笑)

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近鉄白子(しろこ)駅付近を通過、白子宿に入った辺りに、昭和12年の比較的新しい指差し道標がある。背後の家の主人が建立したものだとか。

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次の鼓ケ浦駅近く、子安観音寺前を通過したところに道標が2基残っている。ひとつは金属板で補修され、もうひとつは頭部が摩耗して哀れを止める。後者はこの地の型紙彫刻職人が砥石をならすのに使ったためだという。ひどいことをするものだ。「くわんおん」とは子安観音寺を指す。

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10月19、21日 ジョグ10キロ

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2018/10/18

伊勢別街道を走る

Isekaidomap2_415日から17日にかけて、伊勢街道および伊勢別街道を走って来た。いずれも東海道の途中から分岐して伊勢神宮に向かう街道である。位置関係はご覧のとおりで、江戸方面から四日市の先、日永の追分で分岐するのが伊勢街道、京方面から関宿の東追分で分岐するのが伊勢別街道である。両者は津宿手前の江戸橋追分で合流する(地図はいつも参考にしている五街道ウォークのサイトから)。

まずは距離の短い別街道から走ることにして、15日の昼過ぎにJR関駅に到着した。いきなりだが、駅前の「道の駅関宿」に立ち寄って休憩する。走る前から休憩を取るのにはワケがあって、今年4月に東海道を走って関宿を通過した際、銘菓「志ら玉」を食べそびれていて、いつかその仇を取ろうと思っていた。この道の駅で販売していると聞いて立ち寄ったのだ。

めでたく志ら玉にありついて本懐をとげた。アンコの素朴な味がなんとも昔懐かしい。ついでに、同じく関銘菓「関の戸」も購入して自宅に配送してもらうことにした。こちらは1個2個では売ってくれないし、箱を持って走るわけにもいかないからだ。

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さて、これでこの日最大の懸案が解決した(笑)。というか、別街道にはそれほど名所が多いわけでもなく、東海道と伊勢を結ぶミッシングリンクを残さないため、というのが最大の目的だったりする。

関宿の東追分まで移動してスタート。勧進橋で鈴鹿川を渡った先に鈴鹿駅跡があり、そこにあった巨大な松の根株が保存されている。駅とはもちろん鉄道駅ではなく、旅人のために馬や人夫を備えていた駅(うまや)のことである。

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名阪国道の高架を潜り、石山観音への道と分岐、庚申坂を登っていくと最初の楠原宿に入る。何とも鄙びた佇まいで、宿場だったことを窺わせるものは残っていない。楠原宿を出て、人気のない急な坂道を登った先の集落の中ほど、蛭谷街道と分岐する場所に旧明村役場庁舎がある。大正5年築、国の登録有形文化財とのことである。

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集落を抜けるところに安永5年建立の道標を兼ねた常夜燈があり、「右さんぐう道」「左り京道」と刻む。以降、伊勢街道ともあわせ、無数の常夜燈を目にすることになる。「おかげ参り」などで、昼夜兼行で伊勢を目指した旅人が多かったということだ。

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やがて前方の視界を遮る堤防が現れる。横山池という人造池で、地元の篤志家駒越五良八なる人物が慶応2年に私財を擲って築造したそうだ。旧街道はこの池を突っ切るような形で通っていたと思われる。

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次の椋本宿に到着。集落にある巨大な椋の木がその名の由来だ。宿場中心付近にある道路里程標(右、復元)と、江戸後期建立と推定される道標(左)。「左さんくう道」「右榊原道」と刻む。

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その先の曲がり角に、その名も角屋という旅館がある。江戸時代から続いた旅館で(現在は廃業)、これも国の登録有形文化財。軒下には参宮講札が多数掲示されている。今で言えば、「○○旅行社ご指定旅館」といったところか。ちなみに「笑門」と記された注連縄は当地の風習なのか、普通の民家でもよく見かけた。

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この先は県道と合流、分岐を繰り返す単調な行程となる。伊勢自動車道インターチェンジ近くのコンビニでコーヒー休憩。現代のお茶屋、コンビニには今回もずいぶんお世話になった。

次の窪田宿寄りの場所に、文政2年(たぶん)建立の「ぜに可け松」の碑がある。昔、病気で参宮を断念した旅人がこの松に銭を結んで引き返した。別の人がその銭を盗もうとしたら、銭が蛇に化けて襲ってきたことから、この松に銭を掛けると参宮と同じくらいご利益があるという伝承が生まれたそうだ。(諸説あり)

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窪田宿の辺りまで来ると人家も建て込んできて、往時の雰囲気は全くないものの、JR紀勢本線一身田駅近くに巨大な常夜燈がある。文化14年建立、高さは8.6メートルもある。蝋燭を灯すために背後に階段が設けられているが、現在は電線を引き込んでLEDライトが点灯している。

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紀勢本線、伊勢鉄道線、近鉄名古屋線と順に越えていくと、伊勢別街道の終点、伊勢街道との分岐点である江戸橋追分に至る。残念ながら江戸橋は現在架け替え工事中で、追分にある常夜燈や道標の周囲も大変殺風景だ。(泣)

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すぐ近くの近鉄江戸橋駅から電車で四日市へ移動、駅前のホテルに投宿した。

10月15日 LSD19キロ
10月16日 LSD37キロ
10月17日 LSD32キロ

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2018/10/13

『光をくれた人』

Light2016年、米豪ニュージーランド。マイケル・ファスベンダー、アリシア・ヴィキャンデル他。アマゾンの紹介文。

心を閉ざし孤独だけを求め、オーストラリアの孤島で灯台守となったトム。しかし、美しく快活なイザベルが彼に再び生きる力を与えてくれた。彼らは結ばれ、孤島で幸福に暮らすが、度重なる流産はイザベルの心を傷つける。
ある日、島にボートが流れ着く。乗っていたのは見知らぬ男の死体と泣き叫ぶ女の子の赤ん坊。赤ん坊を娘として育てたいと願うイザベル。それが過ちと知りつつ願いを受け入れるトム。4年後、愛らしく育った娘と幸せの絶頂にいた2人は、偶然にも娘の生みの母親ハナと出遇ってしまう――。(引用終わり)

舞台はオーストラリア西部沖の孤島。赤ん坊と既に死んだその父親がボートに乗って流れ着くことから物語が展開していくが、これと似たような設定で、お隣ニュージーランドの海岸に母子とピアノを乗せた舟が着くところから始まる『ピアノ・レッスン』を思い出した。

直前に二度目の流産を経験し、悲嘆にくれていた灯台守夫妻の子供として、赤ん坊は育てられていくのだが、実は本土にその母親が生存していて、一連の真相が明らかとなり、娘は実の母の家に引き取られていくのだが…というストーリー。

夫婦間の愛情、子供への愛情、人として守るべき道、罪と赦し。主人公夫妻も実の母も、互いに矛盾する大変難しい選択を迫られる。その息詰まるような心理ドラマが、抑制の効いたセリフによって展開し、美しい映像と音楽がそれに静かに寄り添う。

なお、主演の二人はもともと交際中で、本作製作の翌年に実際に結婚したそうである。どうりで迫真の演技だったわけだ。(笑)

月曜から伊勢街道の走り旅に出かけるので、次回更新までしばしご猶予を。

10月11、13日 ジョグ10キロ

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2018/10/10

frun22周年記念飲み会

8日の体育の日はKさんが企画されたfrun22周年記念飲み会に参加した。当時まだパソコン通信だったfrunの発足から22年。私が加入したのは1999年1月の枚方ハーフマラソンだったから、それからでも20年近くが経過したわけである。

当初はタイトルどおり飲み会だけの企画だったのが、一応はランナーの集まりであるからには走らないとダメだと衆議一決。森ノ宮から天王寺まで上町台地周辺を巡り、大阪の歴史に思いを馳せる5キロほどのコースをのんびりと走った。

8月に高橋さんと走った際は、天王寺七坂のうち北側の二つを残していたが、それも今回で完全にカバーできた。写真は源聖寺坂を下っていくところ。先頭集団がいる辺りは往時はもう海だった。

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天王寺駅まで走ってから、銭湯で汗を流し、宴会に突入。阿倍野はいわば地元でありながら、「湯処あべの橋」の存在も知らなければ、宴会場所のハルカスの建物に入ったのも実は初めてという有様である。

まあ、飲めればどこでも同じ。顔なじみのメンバーと大いに飲みかつ語らい、二次会にも繰り出したが、だんだん同じ話の繰り返しと、健康や病気の話題が多くなってきたように思う。それだけメンバーが高齢化したということだろう。大会や記録などの話題で盛り上がっていた頃が懐かしい。

10月8日 ジョグ5キロ
10月9日 ジョグ10キロ

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2018/10/07

LED付大型ルーペを購入

白内障手術の際、新聞や本、パソコン画面を見る距離にピントを合わせてもらったので、普段の生活では近視遠視含めてメガネは一切不要となったが、それでも辞書や契約約款などの小さな文字はお手上げ状態である。

そろそろルーペを買わないといけないと思っていたが、必要となる頻度は高くないので、派手にTVCMを打っている○○○ルーペのようなメガネ型のルーペは必要ない。むしろ、LEDで手元を明るく照らす機能がついた手持ちルーペの方が重宝しそうだ。

ということで選んだのがコレ。ご覧のようにかなりの大きさであるが、レンズはプラスチック製なのでそれほど重くない。お値段は○○○の9分の1程度である。おそらく日本製ではないと思われるが、構造が単純なので尻に敷いても全然OKである。(笑)

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実際の見え方はガラケーではとても撮れないので、商品紹介の写真で見てもらうしかないが、ほぼ写真どおりレンズの端までほとんど歪むことなく、くっきりはっきりと見える。LEDライトも強力だ。5倍の部分が小さいのが難点だが、ほとんど使わないと思われるので問題ない。

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10月5、7日 ジョグ10キロ

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2018/10/04

『恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』

Bakerboys1989年、米。シドニー・ポラック製作総指揮。ミシェル・ファイファー、ジェフ・ブリッジズ、ボー・ブリッジズ他。アマゾンの紹介文。

なかなか人気が出ず、お呼びのかかるラウンジも格の低いところが増えてきたジャズ・ピアニスト兄弟「ザ・ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」(ジェフ&ボー・ブリッジズ)。この状況を打破するべく美人ヴォーカリスト、スージー(ミシェル・ファイファー)を雇い、トリオとして再出発した。彼女の人気でトリオは次第に人気を博していくが…。(引用終わり、一部加筆。)

あるサイトで「邦題以外はすべていい。音楽もカメラも役者も。」と紹介されていたが、本当にそのとおりで、小難しい文芸映画を観た後、理屈抜きに楽しめる1本だった。

とりわけ、全篇に亘って流れるジャズナンバーの数々が、洗練された都会の気怠さ…みたいな雰囲気を醸し出している。ミシェル・ファイファーの歌はほとんど玄人はだしで、サウンドトラックがグラミー賞を受賞したそうだ。

その歌もさることながら、彼女の何とも言えない妖艶さ、それと同居する可愛らしさやふてぶてしさなど、大人の女の色香を全て体現したような演技が、本作最大の魅力だろう。グランドピアノの上で身をくねらせて歌うシーンは、上質なエロティシズムを強烈に感じさせる。

ベイカー兄弟を演じたジェフとボーは本物の兄弟なのだが、そう言われないと気付かないほど容貌は似ていない。しかし、実はこの映画の役柄的にはそれが功を奏していて、兄は律義で実務に通じた常識人、弟は才能はあるが人間的には未熟という、対照的な兄弟像を作り上げるのに寄与している。

メインは一応ラブストーリーだが、そこに兄弟の対立や和解、エンタメ業界の現実などが絡んで、独特の作品世界を作り出している。弟が飼っている黒のレトリーバーとか、アパートの上階に住む少女も、意外なほどストーリー展開に絡む名脇役となっている。一見唐突で、余韻を残したエンディングも味わいがある。

10月3日 ジョグ10キロ

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2018/10/01

『めぐりあう時間たち』

Thehours2002年、米。スティーヴン・ダルドリー監督。メリル・ストリープ、ジュリアン・ムーア、ニコール・キッドマン他。アマゾンの紹介文。

誰の人生にもやってくる普通の朝が、また始まろうとしていた。1923年ロンドン郊外、作家ヴァージニア・ウルフは「ダロウェイ夫人」を執筆している。1951年ロサンゼルス、妊娠中の主婦ローラ・ブラウンは、夫のために息子とバースデイ・ケーキをつくり始める。2001年ニューヨーク、編集者クラリッサ・ヴォーンは、エイズに冒された友人の作家の受賞パーティ準備に奔走する。3つの時代の、3人の女たちの一日は、それぞれの終わりへと向っていた…。(引用終わり)

原題 The Hours 。ピュリツァー賞を受賞したマイケル・カニンガムの同名小説を映画化。紹介文にあるとおり、ヴァージニア・ウルフの小説『ダロウェイ夫人』を縦糸に、時代も境遇も異なる3人の女性の物語を横糸に織りなされる、複層的かつ緻密なストーリー構成。難解さで有名なウルフの小説が下敷きになっているだけあって、映画の内容もかなり複雑で奥が深く、一度観ただけでは理解が難しい。監督自身、「これは繰り返し観て、新たな絆や共感を見出せる作品にしたかった」と語っている。

花を買ってきて飾る。パーティの準備と料理。親しい人間の訪問による心境の変化。女性同士のキス。自殺行為。いくつかの暗示的なモチーフが共通して用いられるが、それよりも重要なのは、彼女たちがいずれも「誰かのために」生きているという点にある。

ヴァージニアは、彼女の精神病の治療のためだとして、夫がロンドンから離れた田舎町での生活を決め、当時の女性の社会的地位から不本意ながらそれに従っているが、創作に不可欠な刺激のない田舎生活に不満を抱いている。

ローラは内気でいつも一人でいるタイプだったが、彼女に今のような人生を送らせたかったと言う夫の幸せの理想像に合わせて、理想的な妻と母を演じ続けている。しかし、『ダロウェイ夫人』を愛読し、そのヒロインに心が満たされない自分自身を投影している。

『ダロウェイ夫人』と同じ名前を持つクラリッサは、詩人で作家のチャーリーにかつて好意を寄せながら拒否され、その後はエイズに侵された彼の世話を献身的にしている。チャーリーもまたクラリッサのために生きてきたが、そのことをずっと重荷に感じている。

彼女たちの抱えるジレンマ、その解決への過程、苦悩に満ちた選択、その結果払うことになる犠牲といったものを、3人の女優たちが繊細にして説得力ある演技で表現しきっている。本作の価値は彼女たちの演技に尽きると言って過言ではないが、美しい映像表現、心に沁みるようなフィリップ・グラスの音楽も素晴らしい。

少々とっつきにくいが、またいつか観てみたいと思わせる秀作映画だ。

9月28日 ジョグ10キロ
月間走行 195キロ
10月1日 ジョグ10キロ

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2018/09/28

NHK「おはよう関西」オープニング曲

NHK大阪放送局が平日朝に放送している「おはよう関西」という番組がある。7時45分から8時までで、つまり連続テレビ小説(いわゆる朝ドラ)の前番組だ。そのオープニングとエンディングに、ヴァイオリンとギターを中心とした軽快な音楽が流れる。

てっきりNHKのオリジナルと思い込んでいたのだが、ある時たまたまMBS毎日放送のラジオを聴いていたら、「市川紗椰のKYOTO NOTE」という番組のオープニングで、同じ曲が流れてきたので驚いた。

まさかMBSが他局の音楽を勝手にパクるとは思えず、そうするとこれはNHKオリジナルではなく、どこかのアーティストが作った同じ音楽を、たぶん偶然に両放送局が使用しているのだろう。

そう思って両番組の公式サイトなどを覗いてみたが、オープニング曲に関する情報は全く見当たらない。ちょっと手間がかかったが、ネットでいろいろと検索してみて、ようやく該当の情報に辿りついた。

ジュスカ・グランペールという、京都を拠点に活動しているヴァイオリンとギターのアコースティック・デュオが演奏する「めざめ~Reveil」という曲である。確かに、朝のニュース番組や京都の地域情報番組にふさわしい音楽というわけだ。

グループ名は「おじいさんになるまで」という意味のフランス語で、共におじいさんになるまで楽しく続けていきたいという願いをこめたものだそうだ。寡聞にしてグループ名も知らなかったが、結構いろんな番組やCMに楽曲を提供しており、そうと気づかぬうちに彼らの音楽に接しているかもしれない。

同曲のサンプル試聴はこちら

9月27日 LSD40キロ

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2018/09/25

『ドリーム』

Hiddenfigures2017年、米。セオドア・メルフィ監督。アマゾンの紹介文。

1961年、アメリカはソ連との熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた。NASAのラングレー研究所には、ロケットの打ち上げに欠かせない“計算”を行う優秀な黒人女性たちのグループがあった。そのひとり、天才的な数学者キャサリンは宇宙特別研究本部のメンバーに配属されるが、そこは白人男性ばかりの職場で劣悪な環境だった。仲の良い同僚で、管理職への昇進を願うドロシー、エンジニアを目指すメアリーも、理不尽な障害にキャリアアップを阻まれていた。それでも仕事と家庭を両立させ夢を追い続けた3人は、国家的な一大プロジェクトに貢献するため自らの手で新たな扉を開いていくのだった……。(引用終わり)

多少変えている部分はあるものの、ほぼ実話に基づいて製作され、3人のヒロインたちも実在の人物だという。60年代初頭、まだ黒人差別は厳然として残り、とりわけ黒人女性が最先端の宇宙開発に携わるなど、まさに夢のような話でしかなかったのである。

その厚い壁に対して、社会運動として立ち向かったキング牧師のような人物もいたが、まさに映画の原題 Hidden Figures (隠れた人物)として世に知られることなく、大声を上げることもなく、自らの努力と実力だけでその壁に風穴を開けた人たちがいたのだ。

数々の困難を乗り越え、やがてNASAの中で認められていく彼女たちの姿は、颯爽としてとても格好いい。最初は常識の色眼鏡で見ていたものの、次第に彼女たちの実力を認め、障害を取り除く側に回る上司アル・ハリソンを、ケビン・コスナーが好演している。やや予定調和的なハッピー・エンドに物足りなさを覚えないでもないが、彼女たちの勇気と行動力には爽やかな感動を覚える。

ところで、宇宙開発に参画した数学の天才女性と言えば、2009年のこの作品に出ている多部未華子が先輩格に当たるかもしれない。(笑)

9月23、25日 ジョグ10キロ

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2018/09/22

『響 HIBIKI』

Hibiki_poster12018年、製作委員会。東宝配給。平手友梨奈、北川景子ほか。公式サイトの紹介文。

スマートフォン・SNSの普及により、活字離れは急速に進み、出版不況の文学界。そこに現れた一人の天才少女、彼女の名は『響』(平手友梨奈)。15歳の彼女の小説は、圧倒的かつ絶対的な才能を感じさせるもので、文学の世界に革命を起こす力を持っていた。文芸誌「木蓮」編集者の花井ふみ(北川景子)との出会いを経て、響は一躍世の脚光を浴びることとなる。
しかし、響は、普通じゃない。彼女は自分の信じる生き方を絶対曲げない。世間の常識に囚われ、建前をかざして生きる人々の誤魔化しを許すことができない。響がとる行動は、過去の栄光にすがる有名作家、スクープの欲だけで動く記者、生きることに挫折した売れない小説家など、様々な人に計り知れない影響を与え、彼らの価値観をも変え始める。
一方、響の執筆した処女作は、日本を代表する文学賞、直木賞・芥川賞のダブルノミネートという歴史的快挙にまで発展していく。(引用終わり)

主役の平手友梨奈は原作コミックから抜け出たようだというが、仮にそうだとしても映画としての完成度が高いということにはならない。許せない相手に対して彼女が暴力を振るうシーンが何度も登場するが、それでスカッとするだけでは暴力を容認したことになる。

そうではなく、相手が誰であれ、体を張ってでも自らの意思を貫き通す、彼女の一途な生き方が、周囲の大人たちにも影響を及ぼしていくところが作品のキモだとすれば、その部分の描写がいかにも中途半端なのだ。あんなに憎々しげだった相手が、響の一言で掌を返したように良き理解者に豹変する。いくら原作がコミックだといっても、あまりにもマンガ的に過ぎないか。

平手はいきなり主役でのデビューとなったが、今後響以外の役をどう演じていくのだろうか。響の良き理解者であり、常に彼女を守る編集者役の北川景子は、さすがの安定した演技。一方、小栗旬、柳楽優弥、吉田栄作ら脇役陣も豪華だが、残念ながら持ち味を生かし切るほどの登場場面がない。その中で、打算だけで動く編集長を演じた高嶋政伸の演技が光っていた。今、ああいう悪役を演じさせて彼の右に出る人はいないのではないか。

9月21日 ジョグ10キロ

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