2020/06/05

新しい登山様式

4月11日を最後に畝傍山登山を控えていた。屋外の活動で、それほど多くの人が集まるわけではないけれど、狭い登山道ですれ違ったり追い越したりする場合、一瞬とはいえ「密接」は避けられない。抗癌剤治療中の自分はさすがに用心が必要だろうと自粛していたのだ。

しかし、緊急事態宣言が解除され、外出自粛も緩和されたようなので、昨日久々に登ってみたのだ。分岐点にはご覧のような注意書きが掲示されていた。いわば「新しい登山様式」とでも言うのだろうか。何もここまでする必要はなく、周囲に人がいないときはマスクを外してもいいと思うのだけれど。

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ざっとの感じで言えば、マスクをしている人は半分にも満たなかった。もちろん自分はしていったけれど、息がしづらいし、汗で蒸れて暑い。感染症より熱中症の方が心配になる。

町中でもそうだが、高齢男性はほとんどしていないように見受けられた。特にひどかったのが、いつも山頂で屯している高齢者たちで、2mどころが隣とくっつきそうなほど密接して腰かけ、傍若無人に大声で談笑に耽り、マスクはほぼ全員着用せず、極めつけは煙草を吸っている輩まで居た。

あなたたちに、山に登る資格はないッ!(怒)

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2020/06/02

オンライン帰省

大型連休中も帰省が叶わなかった首都圏在住の娘、四国在住の息子と我が家を結んで、オンライン帰省なるものを試してみたのだ。LINEのグループ通話を使い、日曜の20時頃から、それぞれ自宅の WiFi を利用してという条件下である。

画像、音声ともタイムラグが生じるのは予想どおりだったが、思っていたほどではなかった。画像は意外に鮮明で、部屋の様子もしっかり確認することが出来た(ここは大事なところ・笑)。ただ、慣れないものだから発言のタイミングが分からず、無音時間が続いたり、いちどきに発話して聞き取れなかったりという事態が頻発した。

いかにも隔靴掻痒の感は否めなかったが、久々にリアルタイムで時間を共有できた機会は貴重だった。まあ、緊急事態宣言とやらも解除になって、近いうちにリアルで再会できる日も近いと思うけれど、たまにはこんな形でも家族の時間を過ごせるのは良いことには違いない。

ここからは余談になる。「帰省」に相当する英語は family reunion といい、今回の場合はこちらの方がしっくり来る。ただ故郷に戻るのではなく、普段離れて暮らす家族と再会するのが主目的だからだ。某知事のように滅多矢鱈とカタカナ語を使う趣味はないけれど、日本語に訳しにくい英語の方がうまく中身を表現できることはあるのだ。

reminder というのもそうだ。締切が迫った用件を思い出させるためのメールとかメモ書きなどのことだが、これに相当する日本語が見当たらない。辞書には「催促状」とあるけれど、「(そういう用件があったことを)思い出させる」ことと、「(何々をせよと)催促する」ことは意味が違うと思う。

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2020/05/30

歌劇「運命の力」

Destinoヴェルディのオペラでまだ観る機会がなかった本作が、最近NHKBSプレミアムで放映された。ネトレプコとカウフマンの共演で話題になった2019年3月の英国ロイヤルオペラ公演である。公式サイトの紹介文。

18世紀中葉のスペインとイタリア。貴族の名家に生まれたレオノーラはインカ帝国の血を引くドン・アルヴァーロと恋仲だが、二人が駆け落ちしようとした夜にレオノーラの父侯爵に計画が発覚し、ドン・アルヴァーロが攻撃する意図がないことを示すために床に投げた銃が暴発して侯爵の命を奪ってしまう。恋人達は離れ離れに。親の仇であるドン・アルヴァーロを執念深く追うレオノーラの兄ドン・カルロ。レオノーラは修道院の扉を叩き、山中の庵に身を隠して一人で神に祈る生活を選ぶ。運命は最後に愛し合う二人をもう一度めぐり合わせてくれるのだが…。(引用終わり)

「運命の力」と言えば序曲が大変有名で、吹奏楽にも編曲されたりしているけれど、オペラ全体が上演される機会は実はそう多くない。イタリアオペラのご多分に洩れず作為的で冗長なストーリー展開に加え(第3幕最後の乱痴気騒ぎは一体何?)、力強くドラマティックな声を求められる主役級を歌える歌手が少ないためだという。

本公演ではレオノーラにアンナ・ネトレプコ、アルヴァーロにヨナス・カウフマンと、歌唱、演技、容姿の三拍子揃ったスターを起用し、さらにカルロにルドヴィク・テジエ、グァルディアーノ神父にフェルッチョ・フルラネットなど、脇役にも実力者を配している。ヴェルディの音楽の素晴らしさ、音楽監督パッパーノの熱い音楽づくりが相俟って、音楽劇としての完成度はこれまで観たヴェルディの他の作品にも劣らない。

クリストフ・ロイによる演出は、全幕を通じて、上から見ると「へ」の字のような形の大道具を共通して用い、それが第1幕では公爵邸(序曲の間に兄妹の幼時が演じられる)になり、第2幕以降は居酒屋や戦地や修道院になりと、うまく使い回している。後方の壁に侯爵が撃たれた場面などの映像が回想的に投影されるのも効果的だった。

月間走行 26キロ

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2020/05/27

御所街道を歩く

少し前に奈良県内の道標や街道の情報が詳細に記されたサイトを発見した。最近の「身近にある道標」もそのおかげであるが、今回橿原から御所に至る「御所街道」の存在が新たに分かったので、早速探索してみることにした。

行程の都合で御所側からスタート。御所駅付近は前回下街道を歩いたときのルートより一本東側のこちらが本来の街道のようだ。確かに街道特有のクランクや高札場跡が残っている。

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近くにある文久3年の指差道標は「むろ大師道是ヨリ十八丁」とあり、御所市室にある寳國寺(室大師)への道順を示す。

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御所旧市街地(御所まち)には往時そのままの狭い道路と古い建物が残る。空き地のおかげでよく分かるが、写真奥から手前にクランク状に進むのが御所街道である。

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御所市街を出て東進、京奈和自動車道御所インターチェンジを越えて一旦橿原市に入るとすぐの観音寺集落内に、文化11年の地蔵像と明治7年の道標が建っていた。

お地蔵さんの前掛けの下辺りの右に「右 金剛山」、左に「左り よしの つ本さ可(つぼさか)」と刻まれている。側面には「左北 ならはせ道」とあるが、いずれの文字も風化が激しい。

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道標の方は比較的新しいので文字は明瞭である。「左 はせいせ/今井なら」「右 御せ金剛山/左 よしの山上」などと刻む。

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南面には「右 神武天皇道」とあるが、神武天皇陵なら「右」ではなく「すぐ」(直進)とあるはずだ。神武東征伝承で吉野から宇陀に入ったという話が出てくるので、もしかするとそれを踏まえたものかもしれない。

京奈和道の高架を潜ってしばらく北進すると大和高田市に入る。「根成柿」(ねなりがき)という珍しい地名の集落を抜け、普段車でよく通る道路に突き当たる。東にしばらく進んだ大きな交差点に側道のような細い道が合流していて、以前から不思議に思っていたが、これが御所街道であることが今回初めて判明した。

そこから橿原市となり、東坊城の集落に入った三叉路に天保4年の道標が建っていた。ここも車で何度も通った道だが、狭い道の交互通行に気を取られて道標の存在自体気づいていなかった。

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「北 京い勢は川(つ)瀬寺/立田法里うじ奈ら道」「西 金かう山御所/すぐ 大峯山与し野道」「南 高野山五条上市/北 初瀬寺ミ王(わ)今井道」「于時天保四癸巳年八月建之」などと刻む。なお、年号の前の「于時」は「ときに」と読む。年号「令和」の出典である万葉集にも「于時初春月気淑風」とあるそうだ。

石の写真ばかりで相済まないが(笑)、東坊城町の外れにも1基、嘉永5年の道標が建つが、下部は埋没している。「右 金かう山高野ミ(「ち」が埋没?)」「左 初瀬奈良(「道」が埋没?」などと刻む。

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ここを右折して葛城川に沿って進み、大和高田バイパスの高架を潜ると雲梯の集落に入る。これまた難読地名で「うなて」と読む。葛城川を渡って東進、五井交差点で国道を横断すると今井町に入っていく。コロナの影響か古い街並みは一層静まり返っていて、アテにしていた蕎麦屋が営業していたのが奇跡に思えた。

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5月25日 ジョグ4キロ

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2020/05/24

歌劇「イドメネオ」

Idomeneoモーツァルトが24歳の時に作曲したオペラ・セリア。2017年メトロポリタンオペラ公演の録画を鑑賞。METライブビューイングの紹介文。

トロイ戦争終結後のクレタ島。戦争に出陣した国王イドメネオは、帰路の海で嵐に巻き込まれ、命と引き換えに、上陸して初めて出会った人間を生贄に捧げると海神ネプチューンに約束する。クレタ島に帰り着いたイドメネオが出会ったのは、なんと息子のイダマンテだった。イドメネオはイダマンテを亡命させようとするが、イドメネオの裏切りに激怒した海神は怪物を送り込む。次々と襲う天災に、窮地に立たされたイドメネオは…。(引用終わり)

当時父親からの独立を画策していたモーツァルトは、ギリシャ神話の父子葛藤の物語に自らの姿を投影していたと言われ、彼の青春の記念碑的存在となった名作オペラである。

その父子の葛藤というタテの糸に加えて、上記あらすじには出ていないが、捕虜となったトロイの王女イリアとイダマンテとの敵味方を越えた恋と、それに対するアルゴスの王女エレットラの嫉妬と妨害というヨコの糸が絡んで物語は展開する。

登場人物はそれぞれの悩みを抱えて苦悩しつつ解決方法を模索するわけだが、24歳のモーツァルトが書いた音楽はそれぞれの場面と人物の心情を的確に描写している。第3幕の4重唱は作曲者自身とても満足していたといい、一方ではエレットラの激しい気性そのままの変化に富むアリア、民衆の感情を表現した合唱の表現力も見事である。

ただ、これは当時の上演慣習なのだろうか、アリア、レチタティーヴォとも同じ歌詞を一から延々と繰り返すのが冗長に感じられる。適当に約めれば30分ぐらい節約できそうだが、それは忙しい現代人ゆえの貧しい発想だろうか。

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2020/05/21

身近にある道標 その5

所用で近くまで出かけたついでに道標2基を見て来た。

ひとつは、昨年手術を受けた大和高田市内D病院の近くにある安政2年の道標。「右 大坂さかい道」「左 三輪はせ道」などと刻む。根本近くで折損したのを補修した形跡がある。これまで何度か目にしていたが、狭い割に交通量が多い交差点にあるため、じっくり眺めることが出来ていなかった。

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もうひとつは、自宅からその病院まで往復する際の抜け道として通っていた近鉄松塚駅前にある文久元年の道標。「左 みわ た原本」「右 たかだ 竹の内」などと刻む。現地では狭い道での交互通行に気を遣うため、道標の存在すら気がついていなかったし、電柱の根元にひっそり佇んでいるのでよほど注意していないと見逃しそうだ。

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また、線路の南側に小高い塚のようなものがあり、石段があったので登ってみたところ、比較的新しいものと思しき庚申供養塔(写真手前)があった。その先は土手道のようになっていて、一見古い道の痕跡のようにも見えるが、上記道標と数メートルの高低差があることの説明がつかない。こういう時、地元の図書館が開いていれば調べようもあるのだが。

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2020/05/18

「アメリ」

Amelie2001年、仏。ジャン=ピエール・ジュネ監督。アマゾンの紹介文。

空想好きの小さな女の子アメリは、そのまま大人になってモンマルトルのカフェで働いている。彼女の好きなことはクレーム・ブリュレのカリカリの焼き目をスプーンで壊すこと、周りの人たちの人生を今よりちょっとだけ幸せにする小さな悪戯をしかけること。彼女の人生は、スピード写真コレクターのニノとの出会いによって、ある日突然、混乱をきたす。人を幸せにするどころか、優しい笑顔のニノにアメリは恋心を打ち明けることが出来ない。アメリの最も苦手な現実との対決、不器用な恋に必要なのは、ほんの少しの勇気。(引用終わり)

何とも言えない独特の世界観と魅力を持った作品だ。入り込めない人にはどこが面白いのかとなりかねないが、意外なことに還暦を過ぎたオジサンでもハマってしまった。

日常とかけ離れた世界を疑似体験させる映画の力は、心のどこかに確実に何かの痕跡を残した。観て決して損はなかったと思わせる作品だ。

主演オドレイ・トトゥの可憐さ、小悪魔ぶりが本作の魅力の半分ほどを占めるが、脇役からチョイ役に至る俳優陣の起用に監督は苦労したそうで、登場人物が一人残らず物語世界のリアリティ構築に寄与している。

また、随所に散りばめられた小ネタの面白さや、雲の色にまでこだわったという映像の丁寧な作り込み、パリの街角の雑音もうまくブレンドした音声の巧みさなどが光る。

5月18日 ジョグ4キロ

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2020/05/15

歌劇「魔笛」

Zauberfloeteモーツァルト最後のオペラ(ケッヘル番号は「皇帝ティートの慈悲」の方が後だが)。サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場、1983年公演のビデオを鑑賞。グルベローヴァ(夜の女王)、ポップ(パミーナ)、アライサ(タミーノ)、モル(ザラストロ)、ブレンデル(パパゲーノ)など豪華な歌手陣、演出はエヴァーディングによるオーソドックスなもの。

岩山で大蛇に襲われたところを夜の女王の3人の侍女に助けられた王子タミーノは、夜の女王からザラストロに連れ去られた娘パミーナを助け出すよう頼まれる。パミーナの肖像画に一目惚れしたタミーノは「魔法の笛」を与えられ、パミーナを救出するためザラストロの神殿に向かう。しかし、悪人のはずのザラストロは実は「光の世界」を支配する祭司で、「夜の世界」を支配する女王と対立していた。タミーノとパミーナを結びつけて「光の世界」の後継者にしたいザラストロは、そのための試練を受けるよう2人に命じる。タミーノに同行していた鳥刺しのパパゲーノも、若い娘を紹介すると言われ試練に付き合うことに同意するが…。

ドイツの大衆的な歌芝居の流れを引く「ジングシュピール」に属し、歌の合間はレチタティーヴォではなく演劇同様のセリフで繋ぐ。フランスでいえば、「カルメン」が元々そうであった「オペラコミック」に相当するだろうか。

ダ・ポンテ3部作以上に荒唐無稽なストーリーに加え、民衆劇らしい素朴なメルヘンもあれば、オペラブッファの滑稽さもあり、一方では崇高かつ厳粛な宗教的色彩もありと、多様な要素がごった煮にように同居した魔訶不思議な作品である。

宗教面について言えば、舞台となったエジプトの神イシスとオシリスを称えるシーンがあるけれど、裏にはモーツアルト自身や台本作家のシカネーダーも会員だった宗教結社フリーメイソンの思想が影響しているとされ、一方でザラストロはペルシャのゾロアスター(ツァラトゥストラ)を暗示しているという説もあり、なかなか一筋縄ではいかない。

ただ、ダ・ポンテ台本のオペラでもそうであったように、いやそれ以上にモーツァルトの音楽の素晴らしさが、そんな諸々の蟠りを吹き飛ばして、純粋音楽作品として高い完成度を示している。それぞれの登場人物の性格を活写した名アリアがいくつもあり、特に夜の女王の2つのアリアは聴く者を捕らえて離さない迫力がある。本上演でのグルベローヴァの歌唱にはただただ圧倒された。

なお、序曲の途中、展開部の直前に冒頭の3つの和音が再度管楽器だけで出てくるが、この上演では舞台裏に配置した「バンダ」(別働隊)に演奏させているようだ。映像ではサヴァリッシュが目の前のオケではなく、まだ開いていないカーテンに向かって指揮している。楽譜にはそんなことは書かれておらず、第2幕で同様の演出が出てくるのを踏まえた独自の解釈と思われる。謹厳実直を絵に描いたようなサヴァリッシュにしては粋なことをするものだ。(笑)

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2020/05/12

身近にある道標 その4

このタイトルは4年ぶりだ(笑)。偶然ながら、いま通っている大学病院のすぐ近くに、市内最古の道標があることが分かり、診察のついでに見学してきた。国道から少し東に入った古くからある集落内の辻に、おそらく元位置のままそれは建っていた。享保20年の銘があり、「右 京なら 左 大坂たゑま道」「左 山上かうや道」「南 よしの 東 たふのミ祢道」などと刻む。目立った損傷もなく、地元の人々によって大切に保存されてきたことが窺える。

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病気をしなければ見る機会がなかったかもしれず、これこそ「怪我の功名」というものだろう。近所や市内にまだ知らない道標があると思われるので、今後も情報収集に努めることにしよう。

5月11日 4キロ

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2020/05/09

ギレリスのベートーヴェン・ピアノソナタ集

Gilelsハイティンク指揮のブルックナー、マーラーの交響曲と同様、「全集」ではない(第1、9、22、24、32番の5曲を欠く)のが残念であるが、これもまた素晴らしいディスクに巡り合うことが出来た。

ベートーヴェンのピアノソナタについては、前に書いたブレンデル以外にもポリーニ、バレンボイムの全集盤を通して聴いた。いずれの演奏もそれぞれに良さがあり、録音も優秀な名盤ばかりであるが、今回聴いたギレリス盤はちょっと次元が異なるように思った。

吉田秀和氏は、ギレリスが弾いたベートーヴェンのソナタのレコードを聴いた感想として、次にように書いている。

「私はピアノの音があまりにきれいなのにびっくりした。まるで音の内部までレントゲン写真で透写したような音、ぬけるように透明な響きがするのである。それはp、pp の時でもそうだったし、f、ff の時でも変わらない」(「ギレリスの音、ギレリスの音楽」、中公文庫『レコードのモーツァルト』所収)

全く同感で、ピアニシモからフォルティシモまで濁りのない澄み切った音は驚異的で、およそ人間技とは思えないほどである。吉田氏は「レントゲン写真」と書いたが、自分は無色透明なクリスタルの彫刻を連想した。ギレリスの音はよく「鋼鉄のタッチ」と形容されるけれど、むしろ「透徹」という方が相応しい。強靭で冷たいというより、ひたすら無色透明なのである。

それは音色だけではなく、音楽の造形についても言える。強弱のダイナミクスやタッチの変化、フレージング、テンポの微妙な動き。そういった全ての要素が、完璧なコントロールのもとに何ら過不足なく表現されている。

譬えて言えば、クリスタル彫刻の形状が、彫刻師の指先の加減ではなく、高次関数のカーブとかAI解析によって出来ているとでも言うべきか。人間の主観やひらめきではなく、極めて高度で複雑ではあるけれど再現可能な客観的分析に基づいているかのようだ。

確かにクリスタル彫刻の表面は触感としては「冷たい」かもしれないが、実際には室温と大して変わらないはずである。表面的な触感ではなく、彫刻全体の完璧なフォルムや無色透明の美しさにこそ、ギレリスの音楽の本質があるように思えてならない。

録音は1972年からギレリスが死去した1985年までに亘り、アナログ、デジタルの両方式にまたがって行われた。収録は主としてベルリンで行われたが、会場はスタジオもあれば、有名なイエス・キリスト教会もある。それにもかかわらず、上記のような透徹した音は一貫して変わらず、そのクオリティの高さは驚くほかない。

5月8日 ジョグ6キロ

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